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  • 新日本工機の新たな旅立ち

     

    2016年10月3日、新日本工機が成長に向けて第一歩を踏み出した日である。

    経営の負担となっていたノンコア事業を切り離し、前オーナーからコア事業となる工作機械、缶機、遠心鋳鋼のビジネスを続けていくために必要な人財と設備、工場はそのまま、非常に良くなった財務状態で会社を受け継いだ新たな経営陣が全社員の前で決意を語った。

    『第二の創業』

    『世界一を目指す』

    『社員と家族の安心』

    威勢の良い言葉が並んだが、社員の本音は“不安”の2文字だった。これから何が起こるのか?

    給与カットやリストラをするのではないか?この会社で働き続けて良いのか?

    新経営体制は4名の取締役でスタートを切った。

    外部から招聘されてきた張社長兼CEOと中西COO、内部から昇格した島田専務(生産本部長兼品質管理本部長兼管理本部長)、小原販売本部長兼技術本部長の4名だ。ここに3名の執行役員を加えた計7名がリーダーとなって新たなスタートを切った。

     

  • 外科手術​

    財務状態は非常に良くなっていたが、実際のビジネスやモノづくりが大きく変わったわけではなかった。以前と同じビジネス、モノづくりをしていては苦戦を強いられるのは目に見えていた。

    新日本工機は大型の門型マシニングセンタのパイオニアだ。自動車金型や船舶用エンジン、航空機部品など、社会の発展と共に新たな機械を世に輩出して成長をしてきた会社だった。しかし、創業して100年以上が経ち会社には様々なガタが来ていた。どうやら会社も人間と同じように歳を取るようだ。そんなガタが来た会社を改めて成長させるためには、とにかく悪いところを治すための外科手術が必須だった。その先陣をきって走り回ったのが中西COOだ。

    とにかく無駄な支出を止める。中西COOは1日で過去1年の支出を全てチェックし、無駄を洗い出した。旅費交通費、事務用品費、清掃費など、減らせるキャッシュアウトは即実行で減らしていった。その方針は明確だった。『会社での生活は少し不便になるかもしれないが、コストダウンしたものを自分たちに還元し、家庭での生活を向上させよう。』社内の抵抗があってもおかしくなかったが、全社員がこの言葉を信じて協力した。海外出張も最安値の航空会社を使う、今まではお客様に準備していたタクシーをやめて自分たちで送り迎えをする。掃除も自分たちで始めた。床、窓、トイレ、自分たちで毎日磨いている。この頃、社員の間で話題になっていたことがある。CEOもCOOもリュックを背負ってバスで通勤してきていたのだ。それを見た社員は納得して協力をしてくれた。

    10月3日から始めた外科手術はすぐに効果が出てきた。数百万円単位での節約がいくつも出来た。それを見た社員たちは、いかに自分たちが贅沢をしてきたかを身に染みて感じていた。家では絶対コンビニでは缶コーヒーは買わない、1円でも安いスーパーで買う、という根っからの大阪人ですら、会社ではそんな努力はしていなかったのだ。やはり贅肉がついていたのだ。

    しかし、1ヶ月もたつと目についたところの削減は終わってしまう。その後は段々と雑巾絞りに近くなってくる。名刺の印刷代、事務所の光熱費、電話代・・・、何のためにケチケチするのか、少しペースダウンをしてきた。それを感じてか、社内広報(毎月行われている全社員に経営状況を伝える場)で中西COOからコストダウンの結果は社員に還元する、という明言があった。社員にとっては半信半疑だったが、やれることはやった。

    そして、迎えた12月。12月末の決算の見通しで見込める利益を社内に還元すると発表があった。わずかな金額ではあったが、賞与が増えた。自分たちが努力をすれば結果が返ってくると実感できた瞬間だった。

  • 3 ヶ月で経営体制が変わった​

    2017年1月1日、島田専務が社長に昇格した。誰もが驚いた。たった3ヶ月での社長交代。張さんはCEO職のみとなった。これは会社が次のステージに行くという合図だった。3ヶ月で大きな外科手術は実施した。その後に必要なことは内科治療だと1月の社内広報で説明があった。技術、製造、生産管理と渡り歩いて新日本工機のモノづくりの全てを知っている島田さんが社長として全社員を束ねて、世界一の大型工作機械メーカーを全社員で目指していく。そのための新たな経営体制を張CEOがつくったのだ。同時に執行役員も2名増えた。営業、技術、生産、品質、管理という5つの本部の本部長に執行役員がついた。執行役員が実務の統括責任者として現場で意思決定ができるスピード経営の体制ができた。

     

  • 変わりだした現場​

    この頃には現場も少しずつだが変わりだした。700人の組織と120年の歴史、変わりたくても変われない、というのが管理職たちの悩みだったはずだが、少しずつ動き出していた。工場の現場では5S(整理、整頓、清掃、清潔、躾)から見直した。自分たちでは整理整頓して現場作業をしているつもりだったがゼロベースで見てみると工具の置き場が明確になっていない、飛び散った切削油が機械についたままになっている、すぐには使わない部品が置かれている。やるべきことはたくさんあった。新日本工機の現場は機械加工や製缶、組立と様々だが、各現場で自分たちなりに工夫をしながら5S活動に取り組んだ。工具の置き場を定めて線を引く、定期的に全員で機械を磨く、職長が現場を巡回して5Sが行き届いているか確認する。こうした取り組みで工場の現場も変わりだした。
    営業の現場でも変化が起きていた。工作機械、特に新日本工機のように大型の個別受注型の機械の営業は営業マン個人のスキルに依存することが多い。お客様の加工したいモノ(ワーク)に求められる精度や効率に加えてお客様の工場レイアウトや生産の考え方、現場の好みまでも考慮した提案が必要になる。新日本工機は過去に1万台の機械を送り出している。受注できなかった提案も加えれば何倍にもなる数の有形無形のノウハウがある。そのノウハウからその場その場でお客様に最適な機械や仕様の提案が必要になるのだ。それが営業の醍醐味でありプライドでもあった。しかし、営業個人ではやはり限界もある。お客様に会社として、新日本工機として、最高の提案をすることこそが自分たちのしたいことであったはず。営業だけでなく技術者もガンガン営業現場に出るようになった。今まで技術者の出番は営業の終盤にある技術仕様の打合せ段階だったが、今は初期段階から営業に帯同している。技術者が営業の最前線でお客様の声を聞いて、それを製品に反映する。当たり前のことだが出来ている会社は少ないと聞く。技術者の仕事は図面を書くことではなく、お客様が真に求めるものをカタチにすることだ。

    モノづくりの最前線だけでなく、管理本部と呼ばれる総務や財務を担当している部門でも変化は起きている。管理部門なのではっきり言って嫌がられる仕事が多い。社内ルールを作って守らせたり、無駄なコストを見つけ削減させたり、営業に資金回収をフォローしたり、嫌われ役になる。嫌われるのでどこの会社でも管理部門は現場から離れがちになるが、新日本工機の管理本部は現場に行く。現場に行って何が起きているのか、自分たちが出来ることはないか、一緒に考え、一緒に動く。これが会社の足腰を強くしていっていると感じる。ちなみに、信太山工場にお客様が来られて最初に入る建物が管理本部になるのだが、入館されると全員が起立して挨拶をしている。これも新しい体制になってからの変化である。管理部門だけどお客様のために何かできないか、と考えて出てきたアイディアだ。お客様に気持ちよく新日本工機に入って頂けるようにおもてなしをしている。

  • 世の中に新しいデザインを生み出している会社​

    こうした取り組みの根幹となっているのが“価値”とは何かを問い続ける風土への転換である。

    10月3日まで、我々は目の前のお客様である自動車メーカーや航空機メーカー、大手メーカーから仕事を発注されている企業からの要望に応えることが価値だと考えていた。もっとわかりやすく言えば“御用聞き”企業だった。御用聞きも悪くはない。様々なメーカーの様々な要望に応えるために必死についていった。お陰で多くの専用機を輩出し、多くの技術蓄積ができている。自動車のドアやボンネットを作るためのプレス用金型を作るための機械、飛行機の羽の骨組みを削りだす機械、飛行機の窓枠をあけるための機械、鉄道列車の架台を削りだすための機械、火力発電のタービンを削りだす機械、特殊な大きな機械をたくさん開発して世に送り出してきた。お客様からの多くの要望を聞いて苦しみながら開発して生産していく。これが自分たちの仕事であり、価値だと思っていた。

    でも、CEOやCOOの見方は違った。新日本工機の価値は機械を作ることではない、自動車のデザインを生み出し、飛行機を飛ばし、列車を走らせ、電気を生み出すことだと言った。目から鱗だった。確かに我々の機械がなければ自動車のドアを作るための金型は作れない。日本の街中に走っている車の半分以上は新日本工機の機械で作った金型で生み出されたものだ。飛行機も同じだ。最先端の機体の窓枠をあける機械は新日本工機しか作っていない。自分たちが生み出している価値は機械ではなく、かっこいい自動車、快適で安全な飛行機、乗り心地の良い列車だ。こう考えると急に自分たちの仕事がリアルになった。自動車のデザインはどうなっていくのか、飛行機はどう進化するのか、視点が本当の価値に向きだした。

    新日本工機の事業には遠心鋳鋼という独特なものがある。遠心力を利用してパイプ状の鋳物を製造する。こうして作られたパイプは鉄を巻いて作ったパイプより高い強度を実現できる。スプールというアルミ板や鋼板の薄板材を巻き付ける芯(トイレットペーパーの芯のイメージ)などの産業用に使われているが、他に古くは大阪万博の屋根、最近だと東京のスカイツリーや名古屋のモード学園のビル、地下鉄の柱にも使われている。鉄を巻いた板材と比べて同じ太さでも高い強度を実現できるため、スカイツリーでは最も荷重のかかる展望台下に使われている。新日本工機の遠心鋳鋼がなければスカイツリーのあのデザインは実現できなかったのだ。

    新日本工機は世の中にカッコいいデザインを生み出し、様々なインフラ創出を通じて社会システムをデザインしてきた会社と言えるのではないか。今までは結果論だったが、これからは自分たちの意思で新しいデザインを生み出していきたい。

     

  • 世界一を目指していく​

    新日本工機の創業は1898年。来年で創業120年になる。

    今のウチの会社に最も似合う言葉は「120年目のベンチャー」だと思う。

    とにかく経営の変革、意思決定のスピードが早い。経営陣が現場に出て先陣を切って動いている。それに全社員も一致団結して呼応し、お客様に、社会に、新たな価値を生み出していこうと必死に動いている。

    社内広報でCOOは世界一を目指すんだ、といつも力強く話してくれる。

    大型の工作機械メーカーとして一つでも多くの世界一を勝ち取り、

    従業員の収入でも世界一を目指そう、と話してくれる。
    世界一の5Sが出来ている工場か?お客様に世界一の価値を提供できているか?今の自分の仕事は世界一の仕事か?そう全員に問いかけ、発破をかけているんだと思う。今までの常識は全て非常識。

    世の中の最先端を走っていくためには過去に引きずられている場合ではない。

    中西COOは35歳、技術本部長の寺内さんは44歳、他にも30代、40代の課長、部長が増えてきた。若手抜擢がとにかく多い。年齢なんて関係ない。仕事も任せられる。やりたいことがやれる。

    新しい価値を創っていけるのは若い世代だ。

    そんな僕たちを支えてくれる技術がある。

    厳しくも優しいベテランもいる。

    最高の仲間と、最高の価値を生み出して、最高の利益を生み出し、

    そして、最高の幸せを全員が手に入れる。これが今の新日本工機の目指す姿だと思う。

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